#交換日記の多発 2

ただのエッセイから始めて、すでに受けとった日記への返事に移ります。こんな構成ではたして大丈夫なんでしょうか?

交換相手の皆さんは、よろしければ目次の1~4をざっと読み、次の日記を書いてくださればと思います。5~6はとても長いので、ご自身宛てのパートだけご覧ください。もちろん他の人宛てのパートをかじり読み、それについて反応してくださっても結構です。

【冬はいずこ】

私の実家は雪国にあります。私自身が雪国に住んでいたのはほんの数年でした。しかし先日、夜中に国道から轟音が響いてきたとき、寝ぼけた私は「除雪車だな」と確信しました。実際は道路洗浄車でしょう。こんなことで自らの雪国出身者性を見いだすとは思ってもみませんでした。意識していないところに習慣が根付いているとびっくりしてしまいます。それはそれとして、雪を見聞きしないと冬という気分になりません。

【ナルニア、ゆべし、おしゃれ。或いはトルコぎゅうひの謎】

Turkish Delightと英語で呼ばれ、トルコではlokumと呼ばれるお菓子があります。『ナルニア国物語(1)ライオンと魔女』で、翻訳者の瀬田貞二氏があまりに日本でなじみがなさすぎるため「プリン」に置き換えたことで有名ですね。トルコの高級菓子店divanのlokumがバレンタインに合わせて売られていたので、つい一番小さなサイズを買ってみました。

その昔、ロンドンに行ったとき金融街(ビジネス街エリア)の商業施設にロクム屋を見つけ、持ち運びの難しさから購入を断念したことがありました。今こそロクムを食べるとき。なお、店先では「ナルニア国にも出てくる」「おしゃれな人は知っている」「ゆべしのようなソフトな感触」など謎のポップをつけており、買い求めたら店員さんには「エッ!? ありがとうございます」と言われました。それくらい、まだロクムを買おうとする人は少ないようです。

ショウガ味を買い、ほどよい甘さと噛みごたえに満足しています。ゆべしにも似ていますが、より近しいのはボンタンアメだというのが私見です。

話の筋道が奔放に飛び回って恐縮ですが、『ナルニア国物語』はネズミの騎士リーピチープの出立や、シリーズ結末が印象的でした。世界の果てというか、次の世界というか、なんともはや……(ネタバレに配慮してここではぼかしておきます)

これがロクムです(わかりにくい)
素敵な缶に入っていました。

【私は誰か2】

皆さんから見る私はなかなか新鮮でした。後頭部を写真に撮ってもらって眺めたような気持ちになりました。

禾原葉一さんは「橋本さんのことは、インターネットを通して、長く一方的に知っている状態だった」と証言していますが、私は禾原さんの主宰サークルが文学フリマで〈想像力の文学〉全レビュー号の刊行や小説の量り売りをしている時期をおぼえているので、これは語り手によって言うことが変わり、事実関係が藪の中に入るパターンかもしれません。いずれにせよ約10年前だという時の経つ速さが本当におそろしいですね。サークル立ち上げ集会でも、文学フリマ後の打ち上げでもピザとビールの宴を開いた覚えがあります。世の中が落ちついたら、また美味しいものを食べに行きましょう。

一方、mamiko koedaさんは「直接お話しする橋本さんはやわらかな布のような印象です。」と感想を残されており、これは大変面白かったです。布。確かに金属やプラスチックよりは、布に近いかもしれません。また、反射的に一反木綿のペラペラ、クネクネしたイメージを連想しました。

現時点までに応答くださった方の中に、他に面識のある方はいないはずです。

野咲タラさんは「いつも蟹が吐き出す泡のように言葉をつぶやいて紹介されている、短編を含む小説の多くがとても好みです」という言葉をくれました。小説の感想はがんばってばらまいているので、好みに合えばうれしいです。他人に対する撒き餌であり、ヘンゼルとグレーテルが道すがら残すパンくずのようでもあるので、ひっかかっていただけると紹介者冥利に尽きます。

【質問再び(回答は自由、スキップ可)】

To: 皆さんへ

1.日常の面倒を軽減するためのテクニックをお持ちですか? それはなんですか?

私は日焼け止め、化粧水、洗顔料は絶対にポンプ式の製品を使います。なぜならキャップを回す容器のものは、そのひと手間のせいで手が伸びなくなるからです。

2.自分をいたわるために何かしていることはありますか? 

ここ一年ほどの私の場合、john masters organicsのT&IスキャルプFTボリューマイザーをつけて髪をブラッシングすることです。スプレー式の頭皮~髪用美容液です。効果はよくわかりませんが、香りは好みですし、油分と水分が補給されて髪のパサつきがましになるような気がします。忙しく、いろいろ手が回っていないときにこれを使うと「だが少なくとも頭皮は守れている!」という謎の自信が湧いてきます。

どちらの質問も、禾原さんとのやりとりの中で思い浮かびました。

【質問への応答、への応答】

まず禾原葉一さんに、夢・野望を聞いたところ「計算機が解説を書くとどのようになるのかということで、具体的には『ユリシーズ』を読むことのできる計算機の実現です。」という壮大な回答をいただきました。これは熱いですね。また、ストーリーの理解を動画出力で検証するというアイディアは有効さに納得できますし、ビジネスとして需要もありそうです。いま、画像からの文章の出力(Image Captioning)、文章からの画像の出力はだいぶ盛り上がっているので、どさくさにまぎれて野望に近づけるようお祈りいたします。

次に、mamiko koedaさんに語学に開眼した経緯をうかがったところ、昔から英語に関わる機会は多かったものの、決定打は野良猫との言語的コミュニケーションだったという驚くべき逸話が返ってきました。最初に取得した異言語は猫語。うらやましいです。私も猫語ができるようになりたい。

「『メッセージ』で言語学者がヘプタポッドと意思疎通のきっかけをつかんだ瞬間、わたしは幼いころの猫たちを思い浮かべてじんとしました。」

私も思わずじんとしてしまいました。ただし、実は私はヒト、猿、犬、しゃべる鳥(並べてから気づきましたが、桃太郎パーティーですね)にはうっすら苦手意識があります。高度なコミュニケーションが可能なはずの生き物は、コミュニケーションに失敗するのが怖いのだと思います。猫は平気です。コミュニケーションが取れても、相手を慮って素直に行動するとは限らない生き物なので。げっ歯類、甲殻類、有蹄類のような交流しづらい生き物のほうが安心感があります。

さて確かに、通じたという感動は語学を学ぶモチベーションになりますね。私も留学したこともなければ、長いこと英会話を学んだこともなく、独学に近い形で英語力を向上させたので、mamikoさんのお話にはうなずけました。高校のころに洋楽や児童書を通じて英語に浸かりはじめ、ネットフォーラムで非英語圏の人と英語でやりとりした経験が、今の私を形成しています。

野咲タラさんは「西日本の「ひそかなオススメ」のアートスポットがあれば教えて下さい。」という私のぼんやりしたオーダーに対し、書籍『京都町中華倶楽部』(しろうべえ書房)や、大阪造形センター等を紹介してくださいました。今はないもの、というキュレーションが魅力的でした。また、フィルム映写技術をお持ちという話にも驚嘆しました。手で字幕をつける方法! 筆名が旅先での経験に由来しているのも面白かったです。思えば、映画も小説も、一瞬ですぎゆくものを保存する機能を持っていますね。旅や偶然の出会いが難しい現在、せめてウェブ上だけでも新しいものにどんどん触れていきたいです。そして「いつか」と思っていると機を逃してしまうことも起こりがちなので、フットワーク軽く試さないといけないですね。

匿名希望Aさんは、初めましての方です。非公開でやりとりしていますが、応答は公開可ということですのでここに一部を掲載します。「私の求めるSFはこういうのだ!となったモーメント」について、『完全なる真空』の「あなたにも本は作れます(Do yourself a book)」であるという話を聞かせていただきました。『Life Is Strange』(ゲーム)は良い評判を聞きますね。ジャネール・モネイのSFコンセプト溢れる世界観と卓越したセンスには、十年ほど前に私もガーンと音楽の守備範囲を拡張されました。”Tightrope”が好きです。比較的SF色の薄いPVですが。

ダンスが禁じられた世界でこっそり躍るというコンセプトです。密かに超能力シーンもあります。

話は変わって「どこからがSFなのか」「これはSFに含まれるのか」という話題は実際しばしば目にしますが排除的に狭く定義するのではなく、広くあってほしいです。そのほうがジャンルが豊かになると思うので。もっとも嗜好の衝突(不幸な出会い)を避けるには、その作品が何を売りにしているかを読者も見極めてから手を出す必要がありそうです。

AO3がヒューゴー賞関連作品部門を獲ったのは画期的なできごとでしたね。私は二次創作には疎く、じつはAO3を認識したのはヒューゴー賞にノミネートした時点でした。AO3のボランティア参加にはpronouns登録が必須なんですね! pronounの開示強制の危険性という観点には蒙を啓かれた思いです。というのも、英語圏のSFコンベンションは(misgendering防止策として)pronounの開示が当然になっていて、ZoomやDiscordの名前欄につけるのがもはや常識的なふるまいになっているからです。英語や性別で格変化する言語にとっては、希望するpronoun開示とmisgenderingが表裏一体なのだと思います。これは日本語でコミュニケーションするとまた違いますね。人に自認を問うのがよろしくない行為と認識された結果、自己開示が必要とされてしまったというのは確かに、少し本末転倒的でもあります。近年、西欧~東欧のSF読者からは、性別不明~中性として英語で書かれたキャラクターが、翻訳の際に(言語特性のために)性の別をつけられてしまうので母国語で読むとしんどいという声を聞きます。これらを超越するためには、言語的特性や文化を乗り越える方法を考えなくてはなりません。

さらに話は変わりますが、近年のSF・ファンタジーには今までなかった、自分が必要としていた物語は自分で作るというDIY精神が発揮された作品をよく見かけます。これはある意味で、二次創作的な創造行為とも言えるのではないかと私は考えます。従来はハッピーエンドにいかなかったパターンを、ハッピーエンドに軌道修正するような。書かれなかった欄外の景色を書き足すような。プロデビュー前に二次創作をやっていたのが明らかになったSF作家や、AO3での活動歴を公にしているSF書評家もいます。

渡邉清文さんには、ついいくつか質問してしまいました。『SCI-FIRE 2018』がゲンロンSF創作講座への参加のきっかけだったというのは素敵な話ですね。元受講生の皆さんたちも喜ばれるのではないでしょうか。ゴシックとテクノゴシック趣味については、ひとつの原点として天野喜孝の絵があるというのに納得感がありました。THORES柴本さんは『ザ・スニーカー』の読者イラスト投稿コーナーで活躍なさってからのプロ移行をリアルタイムで目にしたので、感慨深い存在です。

私のゴシック趣味については、中高生のころビジュアル系とHM/HRを聴くようになった影響が大きいです。もともと暗いもの、耽美なものを好む傾向は小学生のころからありましたが、それをゴスや耽美と認識して探究し出したのは十代半ばです。BUCK-TICKやソフトバレエは直撃していないものの、そのあたりと影響関係のあるアーティストを聴く機会はありました。ヒロイックファンタジーや伝奇との関連性、言われてみれば確かにありますね……リアルタイム世代ではなかったものの私にとっても、どちらも熱心に読んだサブジャンルです。アーティストで特に好きだったのはMALICE MIZER, DIR EN GREYと、本人たちはV系と呼ばれることに否定的ですが、L’Arc-en-Cielとcali≠gariです。

SFロボットアニメにはかなり疎いですが、『銀河鉄道999』の謎の女に連れられて機械の体を求めに行く、という設定には子供のころから無性に引きつけられていました。これに先立って、小学校低学年のときにH・R・ギーガーのリー・シリーズと、『ふしぎの海のナディア』のネオ皇帝がプラグを抜かれるシーンにのめりこんだ体験があります。人と機械の融合や境界についてはこの先もずっと関心を持ち続けそうです。こちらも負けじと固有名詞を挙げてしまいましたが、引き続きよろしくお願いします。

江永泉さんには読書の原点を質問し、A~Gまで選択肢を用意していただきました。用意された選択肢を選ぶにあたり、私は共感という手段を使います。A~Gはおおよそ時系列であると判断しました。本人たち以外のために、前提として書いておくと、私と江永さんはちょうど小学校在学時期がかぶらない程度に年齢差があるようです。以降、自分にひきつけて自分語りしつつ、それぞれのルーツを見定めようと試みます。

まっさきに納得がいく選択肢はAですが、これは私自身が辞書、字典、所持しないゲームの設定資料集を愛好する児童だったため、もっとも理解容易なオプションに飛びついただけの可能性が高いです。ロボットになりたい、という言葉も私から強い共感反応を引き出します。ひとつ前の渡邉清文さん宛ての段で語ったことですが、6~7歳のときに「接続された人間」テーマにとても引きつけられた経験があるからです。「物語」が原点という回答とはうらはらに、この項は物語を誘発する素材さえあれば筋が存在しなくても楽しめる、自ら物語を生み出せるという異例を語っていますね。

Bは同じコンテンツを通過してきた身として、これも容易に共感可能でした。特に江戸川乱歩の描く怪人は魅力的で、標題の怪人がいったいどんな存在かを確かめるために次から次へ手を伸ばしました。B~Cには超常と怪奇があふれています。根拠はありませんが、我々がまだ幼く、時代が世紀末に差しかかるころは今より超常や怪奇をウリにした番組を頻繁に見かけた気がします。私はここ15年ほどテレビを見ていないので印象を実証できず恐縮です。天才てれびくんシリーズには、確実にSF・幻想的な関心を引き出す何らかの要素があったような気がします。実写とアニメ、CGの融合に秘訣のヒントがありそうです。私は『ジーンダイバー』『救命戦士ナノセイバー』の世代でした。

Dには、いくつかの切り口があります。昆虫や動物が主人公をつとめる作品と、人間の冒険譚が同列に出てきます。私はディズニーの中では『ファンタジア』や『ダンボ』が一番好きで、それは幻覚的で、動物が活躍するからです。特に『ファンタジア』は妖艶な金魚、動き回るほうきやキノコが大好きで繰り返し見ました。初期のミッキーは愛せますが、キャラクターデザインが人間に寄せられて以降のミッキーは苦手です。(なぜ顔が毛のない肌色をしているのか。なぜネズミがイヌを連れ、クマのぬいぐるみを愛でているのか? 人間のメタファーになりすぎでは?)しかし、Dで挙げられている人間の冒険譚は私も楽しんでいました。どうやら人間描写にも許容範囲があったようです;冒険が人間描写を上回っている限りにおいては、人間が書かれていてもよいとする。

E以降はあまりコンテンツの共有体験がなく、私の反応は鈍り、的を射なくなっていくでしょう。逃避、避難場所としての物語について言えば、私にとって物語の逃避性は当たり前のことでした。現実から遠ければ遠いほど好ましいものでした。破滅や狂気を選ぶ自由/破滅や狂気を好む自由については、私はその余地を積極的に肯定したいです。ただし社会秩序を保つ上で、個人の自由に枷が必要というのも理解しています。自分にとっては破滅や狂気を好き勝手にむさぼりながら、一方で真っ当に生活を続けていくことが一種の修養でした。自制心と、他人からうまく心を防衛できていることの実証でした。ただし破滅や狂気を選ぶ/好む自由については、私も判断を決めかねている部分があり、今後また意見が変わるかもしれません。

逃避と物語については、こんな体験を持ちます。ミドルティーンのころ、ファンタジー小説専門のディレクトリ式検索サイトで催された小さなコンテストで、私は大賞を獲得しました。賞はそのサーバーの容量50MBでした。私はすでに別途「ホームページ」を持っていたので、賞品は使いませんでした。そのうちウェブサイトは閉鎖され、喪われました。しかし、この世のどこかに自分が好きなものを建てられる50MBがあるという考えは長い間、私を自由を与えました。私の空想が他人の領域の50MBを勝ち取ったことは自信になりました。50MBの中に家を建て、庭を作り、そこに立て籠もれる余地があったのは幸せでした。文章と引き換えに何かをもらったのはこれが初めてです。というわけで、私は空想、逃避、自由に肯定的です。

Fについて。ホラー、暴力要素を含む小説についての私の立場は、以下に引用するサム・J・ミラーの言葉に近いです。一方で、現実からの遠さも嗜好の理由だった気がします。私はひっきりなしに物語を脳内に流し続けることで、見聞きしたくないものに注意を向けないことにある程度成功していました。ただし私は、ライトノベルや児童向けファンタジーであっても学園ものは受けつけられませんでした。人の数だけ好き嫌いは生じます。食べ物と同じですね。

Gについて。中村九郎が当時一部で高く評価されていたことを記憶しているものの、私は結局読んでいないのでした。さておき、このオプションは、Aとは対照的にもっとも私個人の共感からは遠いです。なぜなら自己解体や自己との付き合いの模索を、この時期(言及されたライトノベルが刊行された時期の江永さんのご年齢~その当時の私の年齢)の私は放棄していたからです。心理描写、人の一生といった題材を疎み、私はテクニカルな作品やジャンルを追求したフィクションのほうに流れていきました。しいて言えば、私は同性愛文学、クィア文学から自己との付き合いかたを参照しました。事例を知り、一種の安心を得る経験は確かにありました。仕組みを知ると怖さが減るということはあります。確実に。

こうしてA~Gまでを拝見すると、やはりそれぞれが根として江永さんという一本の樹を育む礎になったように思うのですが、そんな欲張った回答はNGということであれば、私はAを選択します。Aは物語創造のオリジン・ストーリーですね。先ほど書いたとおり、私はずっと物語を点滴したまま逃げ続けたいと思っていました。驚くべきことに割と成功しています。近年の悩みとしては、世間で物語/フィクションに効能が求められている気がしていて、もっと無益であってもよいと考えています。象が列車に体当たりするだけで構わないのです。効能が求められる切実さも理解できなくはないので、個人の嗜好と一般的な需要のギャップには困ってしまいますね。

秘密の場所について、言われてみれば私もリスクヘッジのために複数持っておきたいです。別々の場所にさまざまな私を作りたい。この日記もそういう試みのひとつです。分霊箱はたくさん分けておかないといけません。

【質問への回答】

禾原葉一さんから振っていただいた話題について。
>オススメの料理、あるいは店

オススメの料理は私も知りたいですね……! そして禾原さんもBASEBREAD仲間でしたか。選択肢が減り、準備が手軽だとやっぱり日々が楽です。

主食は炊飯したり茹でたりと手間がかかり、その割に長持ちしないので、冷凍おにぎりや冷凍パンを蓄えておくと良さそうだと昨年学びました。一方で、長持ちしないパンでは、タカキベーカリーの伊予柑ブレッドが程よい甘さで、ちょっとトーストするだけで手軽に幸せを得られてお気に入りです。食欲の刺激には香りが重要だと思いますので、クミンや花椒はなかなか良い買い物でした。ラム肉にかけて召し上がるといいです。の評判の良さに興味をそそられています。

ところで、店はどのへんのエリアでお探しですか?

>身だしなみ

身だしなみも料理と共に、日々のケアが面倒なものですね。私も伸びるのが早いほうなので、月1での散髪がなかなかわずらわしいです。仮にウィッグ生活を送るとして、どんなバリエーションを用意されるんでしょうか。ちなみに私は先日、衝動的にラベンダー色のヘアスプレーを買い、ある週末を頭部にラベンダーの光沢をまとった状態で過ごしました。輝きはつくのですが発色はいまいちです。そのうちFIVEISM × Three のカラーワックスを試してみたくもあります。

私もここ十年ほど髪型に大きな変化がありません。4年ほどお世話になっている美容師さんは反ヘアカラー派で、せっかく健康な髪なのだから加工して痛めないほうが良いと言っています。ストレスが溜まると白髪が発生するので、次に発生が食い止められなくなったら全体的に栗色にでもしたいです。

野咲タラさんは私の筆名の由来について書かれていましたが、特に秘密なわけでも、話せば長くなることもありません。本名が父姓+父の名1字+母の名1字で、その残りパーツで組んだというシンプルなものです。母の旧姓+父の名1字+母の名1字。存在しない、もう一人の自分です。並行世界の私です。このエピソードからわかるとおり、私は一人っ子です。

>春めいた服

春めいた服がドレスコードなのは素敵ですね。私だったら薄緑~若草色、小花柄なんかを連想します。近頃めっきり服への意欲が薄れていましたが、おでかけの機会さえ設ければ復活するかもしれません。数年前にパーソナルカラー診断を受けてみて、似合う色はもともとよく着る色だったとわかりました。客観的な指針をもらうと、自信をもって服を選べるようになります。

江永泉さんより:「ニュージーランドのSFとファンタジー面白そうだな、とか、ホラー系だとどんなものを読むのだろうか、とか、3DCGっていいですね、など、お話ししたいことは色々ありますがひとまずはこれで結びたいと思います。」

NZの件は、積んだものをもうちょっと読めたら体系的に語ろうかと思います。現在は私も勉強中ですね。3DCGもただいま追求中です。昔から絵画やプログラミングが好きな人間なので、いくらでも遊べそうです。近頃は作ったものを着て練り歩けるので、円錐やカニに成れるのも魅力です。今までの人間関係が希薄な場所というのも魅力のひとつです。

ホラーは、かつて日本ホラー小説大賞受賞作と異形コレクションを中心に読んでいました。貴志祐介『天使の囀り』、小林泰三『玩具修理者』などが好きでしたが、とりわけ愛好していたのは牧野修の諸作品です。『だからドロシー帰っておいで』や『三人のゴーストハンター 国枝特殊警備ファイル』の牧野パートはずっと心に残っています。伊島りすとや沙藤一樹も不思議な味わいで好きでした。海外だと一時期の扶桑社文庫や、文春文庫のニューロティックでオフビートな作品が好きです。ジョー・ヒルの短編集『20世紀の幽霊たち』(小学館文庫)はかなり理想的でした。しかし、自分はホラー者というよりは幻想文学・SF者なのかもしれないと思うことが多々あります。映像作品は名作ですら全然観ていません。怖いので。『リング』と『女優霊』くらいしか履修していません。

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