私はふだん、気軽に短い小説やノンフィクションを読みあさる。どのように情報を仕入れているか、いかに既知の情報を反芻しているか、ここ数日分の思考の流れをそのまま書き出してみた。
2023/12/2(土)
朝、Mastodonを眺めていたら、作家の藤井太洋氏が最新号のClarkesworld誌に載っている掌編が面白いと投稿されていた。早速読む。シンガポールの作家イン・イーシェンの新作“The World’s Wife”だ。オチも、ささやかに文明が生まれて育つところもいい意味で昔なつかしいSFショートショートを彷彿とさせる。翌日、翻訳家の古沢嘉通氏が作家ラヴィ・ティドハーがX(Twitter)で本作をほめている投稿を引用し、本作を絶賛しているのを見かける。ちょうど開催されていたイベント、京都SFフェスティバル2023のDiscordに、ここまでの経緯と共にリンクを投稿しておいた。
イン・イーシェンは既訳もある(1.編者として, 2.作家として)が、本作はユーモア短編でいささか路線が異なる印象だった。彼がStrange Horizons誌の東南アジアSpeculative Fiction特集号に寄稿したノンフィクション「スパイスパンク宣言」も良いので、こちらもぜひ併せて読んでほしい。
京都SFフェスティバル1日目には、最近読み始めた長編Prophet by Helen Macdonald & Sin Blacheを紹介した。作家、詩人、科学歴史家、博物学者、鷹匠、ユーラシアの猛禽類の研究者で、H is for Hawk(『タはタカのタ』)でコスタ賞ノンフィクション部門を受賞したMacdonaldと、カリフォルニア生まれでアイルランド北西に住むミュージシャン、ホラー・SF作家Blacheの共作である。なお著者は2人とも代名詞theyを使われることを希望しているので書評の際は要注意。
人々のノスタルジー溢れる幸せな思い出から顕現した物体Prophet。その超常的な存在を探査させられる羽目になった帰還兵の話っぽい。冒頭では、英国の野山の只中に1950年代のアメリカの古き良きダイナーが忽然と建ち、そこに足を踏み入れる。SCP財団+『ソラリス』『全滅領域』みたいな? Blurbを書いているのはニール・ゲイマン。本書は、著者たちがアイルランドのSFイベントOctconの今年のゲストであるのをきっかけに知った。
2023/12/3(日)
カナダの作家セシル・クリストファリの”The Fishery”は、持続的でない宇宙漁業の話だ。登場するのは監視官やジャーナリストや労働者。人々が摂取を必要とする「感情」は、今や宇宙の辺鄙な場所から調達されるようになっていた。需給のバランスは悪く、乱獲や密漁も問題になっている。本作は希望や恐怖といった感情をあたかも希少食材や調味料のように描いている。このたとえは、ややわかりやすく直接的だが、黄昏の時代を絶望に陥ることなく書いた良作である。
”Hope was a rare delicacy, incredibly tricky to grow and difficult to maintain, and locally-sourced varieties were almost impossible to find these days.”(「希望はいまや珍味で、信じがたいほど育てにくく、手入れも難しく、近ごろでは地物を見つけるのはほとんど不可能であった。」1文を拙訳)
掲載誌IZ Digitalは、英国のSF誌『インターゾーン』から派生したウェブジンである。『インターゾーン』は近年、編集長&出版社交代、紙版の休刊を憂き目を見た。たしかに実質別物ではあるが、1982年創刊・英国でもっとも長く続くSF雑誌を継承したという体裁である。京都SFフェスティバルのある企画では「今はなきインターゾーン」と言われていたが、一応続いている。
本作はブラジルのSF作家レナン・ベルナルド氏がX(Twitter)で紹介していて知った。