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ORGANISM by DrMorro感想と考察

 ORGANISMとは、2022年5月19日にVR SNSであるVRChatで公開された、個人製作のアート/ゲームである。製作者はロシアの画家、2D/3DアーティストDrMorro氏。
 https://vrchat.com/home/world/wrld_de53549a-20cf-4c6f-abea-dcda197e1e16
 2022/05/26に3か所ほど追記した。

 私(エメラルドグリーンの鹿。VRC ID: TerrieH)は公開直後にひとりでクリアし、多人数対応アップデート後の5月21日に同行者を募って、再度ver.1.32を探索した。
 ちなみに同行者の魅力的なレポートが先にアップされている。エメラルドの鹿はNPCではないので本ワールドに行っても見つかりません。

 さて、本ワールドは見る間に世界的に評判になり、一時は500以上のインスタンスが開かれていた。これは最低でも500人以上が同時に体験していたという意味である。魅力はなんといってもクリストファー・ノーラン映画やBackrooms (Liminal Spaces)、シュルレアリスム絵画の影響を強く感じる、幻想的で強烈なビジュアルである。しかもステージ移動はテレポートではなく、見える範囲にほとんど足を運べる。おそるべき作りこみだ。こういうワールドを待っていた、と快哉を叫びたいほどの完成度である。
 まずは何も考えず、本ワールドを実際に体験してみることをお勧めする。

 【!】ここからは自分なりに本ワールドを深読みしてみた。必然的にネタバレになるので、覚悟の上で読んでいただきたい。あくまで個人による“深読み”である。

 (2022/05/26追記1)また、現在(ver.1.4)本ワールドの紹介文には英語でこのような注意書きが書かれている。若干英語がおかしいが、想定される文脈を翻訳した。

「来場者の方へのご注意! 本マップには背景となる物語も、解かれるべきパズルも、決定的な解答も存在しない。何がorganismかを決めるのはあなただ。また、気をつけて旅してほしい。警告:もし気分が悪くなったら滞在を中断したほうがいい。訓練されていない人にとっては、望ましくない影響が生じる可能性がある。責任は持てないので、自己責任でお願いします。管理部」
 (/追記1)

パスワードの秘密


  本ワールドでは、一定区間ごとに4桁のパスワードが記載された電光掲示板が出現する。スクリーンショットを撮って保存しておけば、この数字を入力することで最初の場所からテレポートできるようになる。
  この電光掲示板には、1.人体に関わるアイコンと、2.ロシアおよびソビエト連邦史における重要な年号かもしれない4桁の数字=パスワードが記載されている。人体に関わるアイコンは各ステージのモチーフとしても反映されている。(2022/05/26追記2)胴体、胸部、頭部とステージを追うごとに高い場所へ昇っていっているわけだ。(/追記)
  以下は各ステージごとの解説である。くれぐれもネタバレを了承した上で読み進めてください。

01  腸(パスワードなし)


 集合住宅のステージ。郵便物、雪とソリ。

   

02 心臓(スターリン政権末期)


 鉄道と駅舎のステージ。心音がする巨大ファンは心臓、線路は血管だろうか。パスワードはスターリン・ノート:西欧との東西ドイツ返還の合議が成立しなかった年でもあり、プーチン出生年でもある。
 シベリア鉄道はこの時代は世界最速の民間交通手段で、現在に至るまで世界最長の鉄道の王座を守り続けている。
 ステージ冒頭の棚が空の店舗は、食料品が商店でも手に入らない配給制の時代を表現しているのではないか。1980年代中盤までもそういう状況だった(声優ジェーニャさんのインタビューにもこのあたりの話が書いてある
 建物に入り、クロークを抜けて進んだ後、卓上の電卓に表示されている数字の由来は不明。1980年代の年号が含まれている。フレンドのtogacatさんは(プーチンが情報員として駐在していた)ドレスデン時代説を唱えていた。しかしそれだと特定の年号が書かれている理由がわからない。私はゴルバチョフ政権の開始、米ソ首脳会談、ジュネーヴ条約締結の年号であるのがあやしいと思っている。

この電車は運転席に乗りこめる。

03 脳(モスクワ劇場占拠事件)

 屋根をつたい、建物に入って学校、図書館や美術館を通過するステージ。
 なお屋根を進む際に左右に見えるエリアは、ほぼすべて突き当りまで実際に進める。以下の写真に見覚えがない人は、下まで降りてみてほしい。
 このステージがモスクワ劇場占拠事件をモチーフにしているという根拠のひとつは、下のあちこちに劇場か映画館のドアっぽいものがある点だ。


 ネオンサインには「夢」と書いてある。この夢から走るパイプラインは上の建物に繋がっている。はたして誰のどんな夢なのか。ラジカセは、ひとつ前のステージの車庫と車両を再活用したっぽいバーにも置いてあった。

 図書館にカードのひきだし(一般名称がわからない)が大量にあるのは、ひょっとしてモスクワの国立図書館を参考にしているからかもしれない。

 


04 病院(未来の日付)

 病院と雪のステージである。つまり死や末期を匂わせている。ただし結末を考えれば昇天、臨死体験、再生であってもおかしくない。
 なお私も初回は最終ステージの最後で詰まったのだが、押せるスイッチがある。

 この年号は、スターリンの大粛清からちょうど100年目、プーチンの任期がようやく終わった後、そして欧州との天然ガス輸出契約の終わりである。ロシアの半国営企業ガスプロムは、ポーランド、ブルガリア、チェコ、ルーマニア、スロバキアとこの年まで契約している
 ここに私は「予測不能な未来」「ソ連という悪夢(の終焉はいつ?)」といったメッセージ性を感じた。

カレンダーには、パスワードの年号とは若干ずれた年が記載されている。これは一体? この日付、実はステージ01の入り口の受付にもかかっている。

 ところで、なぜ私がガス輸出をモチーフと見なしたかというと、ひとつはパイプラインで西に向けて運ばれるもの=シベリア鉄道(権威)の夢再び、人体における血液のように流れるものといった連想からだ。
 そしてもうひとつ。深読みしすぎかもしれないが、ワールド入口の電話ボックスのメッセージを見てほしい。以下の画像に翻訳を書き加えた。

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消防 -01
警察 -02
救急 -03
ガス・サービス -04

04ステージの数字、そのほかの解釈

 (2022/05/27追記)このステージの数字は「UNIX時間が限界を迎える年の前年」説を唱える方がおふたりいらっしゃいました。これも面白い解釈ですね!

https://twitter.com/Juliconyan/status/1529370718924066816?s=20&t=xjWHpKiJ09Xn8wq3N6Q1ww

山高帽の男、そしてワールド名の謎

 本ワールドには繰り返し山高帽が登場する。最終ステージのプールのロッカーの帽子もお見逃しなく。そしてラストシーンの光輝く男も帽子をかぶっている。
 私はこれを特定の個人ではなく「ソヴィエト及びロシアの父長的な権力者たち」と解釈した。

 まず、11年間ソビエト連邦の最高指導者で、在職中に世界トップクラスの宇宙開発を成し遂げたニキータ・フルシチョフ(1894 – 1971)は帽子姿で知られ、「ソ連で、男性用の帽子の流行を呼び起こ」したそうだ。死後、彼の回想録は米国で出版された。
 ミハイル・ゴルバチョフ元ソビエト連邦大統領(1931-)の回想録の書影での姿も見てほしい。こちらの記事の写真も。
 机の上に広げられた空白のノートは、歴代の最高指導者が回想録をつづる様子を連想させはしないだろうか?
 ただし、この種の帽子は20世紀に世界各地で大流行したため、上記は的外れかもしれない。たとえばドイツ駐在時のプーチンもかぶっている(2枚目の写真参照)
 (2022/05/26追記3)しかしだからこそ、社会的地位が高めの男性はみんなかぶっていた=山高帽は指導者たちの隠喩ではないかと考えられる。
 さらに、1955年以降のソ連の脱スターリン化時代は「雪どけ」と呼ばれていたことにも注目してほしい。つまり雪に包まれた団地や惑星が暗に示すのは、真に雪どけに至っていない――ソ連の亡霊が去っていないということではないか。01ステージと04ステージの雪を思い出してほしい。モスクワにレーニンの亡骸を防腐処理し、安置した廟があるという事実も、寝台と死のモチーフに通じている。

 “名称は,スターリン死後の解放の雰囲気を描いた,旧ソ連の作家エレンブルクの小説(1954年刊)名に由来する。冷戦体制下における緊張緩和とともに,共産圏諸国内の締めつけ緩和をさした。” (雪どけ 旺文社世界史事典 三訂版
 (/追記3


 また、山高帽は、不条理幻想のシンボルでもある。たとえば小説家フランツ・カフカがかぶっていた。画家のルネ・マグリットも好んでモチーフにしていた。そしてソ連が発禁処分にしていた傑作アニメーション『ガラスのハーモニカ』にも帽子の男が登場する。このアニメは展開や色合いも含め、本ワールドのインスピレーションのひとつであってもおかしくないかもしれない。
 作者のDrMorro氏の別ワールド Moscow Trip 2002 – Night Tramには、ロシア文学やロシアSFの本が並んだ本棚があった。そこに著書が置いてあった作家ヴィクトル・ペレ―ヴィンの、短編集『寝台特急 黄色い矢』 (中村唯史、岩本和久、群像社ライブラリー)の表題作を思い出す。これは無限に走り続ける列車を描いた小説で、列車はロシア社会の、あるいは人生の比喩ではないかと思わせられる。これもまたインスピレーション源かもしれない。

 さてORGANISMには1.生物、2.組織の意味がある。つまり本ワールドは人体を巡り、その人生を巡る旅である。そして社会組織あるいは政体の比喩だとも考えられる。
 ただ、こうした“考察”なんぞ一切気にする必要はない。本ワールドはひたすら美しく、誰かの夢を追体験させてくれるのだから。そして作者が同じ時代を生き、似たようなミームや小説や絵画を摂取してきたことを肌身に感じさせてくれるのだから。その実体験こそがすべてである。
 ラストステージには、文字をつなぎあわせると「Кем ты был(Who were you?/あなたは誰だったのか?)」となる柱がある。誰のどんな夢だったか、解答を出すのはあなた自身だ。